大学偏差値と推薦入試の矛盾。

大学偏差値と推薦入試の関係は矛盾している。入試時の学力に着目している大学偏差値に対して、推薦入試は受験生を推薦している学校に着目しているのである。つまりは受験生本人ではなく、推薦枠を持っている推薦した学校というバックボーンを重視しているのである。これらを比べると、まだ受験生全員が入試時に課される基準としての大学偏差値の方が平等である。要は希望の大学に推薦枠を持っている学校で推薦さえ取り付ければ、その時点で受験や大学偏差値など意味を無くしてしまうのだから。無論、この推薦もただで手に入るわけではない。様々な勉強以外の活動に従事して学校にアピールを重ねた結果、限られた推薦枠を手にしたのであろうから。

高校進学から医学部入試を目指しました

息子の高校進学は、医学部入試を目指しました。息子は、ある有名医師が大好きで、よく先生が書いた本を読んだり、先生が出演する番組を見ていました。先生の生き方そのものに感銘を受け、いつしか自分も医師を目指したいと思ったようです。大学の医学部に進学する為に、医学部入試対策に注力している高校を志望する必要がありました。息子は国公立大学の医学部を志望していたので、国公立大学の医学部受験カリキュラムのある学校探しを始めました。学校によって授業内容にも特色があり学校選びにはかなり迷いましたが納得のいく志望校を決めることが出来ました。

大学偏差値が予備校を肥やす。

高い大学偏差値が予備校へ通う動機となる。妥当な判断だが、長期的に見てそれは正しい判断だろうか。予備校というのは、純粋に勉強、というか偏差値を上げるためだけの予備の学校である。そこにそれ以外の意味はない。偏差値を効率的に上げる勉強法、テストに出る確率の高い知識のみに絞ったテキスト、等々。テストで高得点を取るための勉強に終始している。かといって受験生にとって偏差値を上げることが絶対であり、そのために予備校は必要不可欠には違いない。問題なのは受験のシステム。大学偏差値偏重の傾向である。将来的に役に立たないとしても、迫る受験に対抗するには予備校に頼るしかない。そんな受験生たちの将来が心配である。そんな不毛な事柄で健康を害すことだけは避けてほしい。

高校進学は面接入試を受けました

娘が高校進学をする時、面接入試を受けました。学校の先生から推薦入試をすすめられましたが、試験内容には面接が入っていましたので少し迷いがありまた。推薦校は娘が志望していた学校だったので、推薦入試をすすめられたことは本当に嬉しかったようですが、面接は受けたことがなかったので不安があったようです。面接では自分自身を分かりやすい言葉で相手に伝えていけばいいということを基本に練習を始めました。社交的なタイプなので、面接ではどんな内容の質問がされるのかが分かれば何とか対応出来そうでした。今では面接を通して自分について考えるきっかけが出来てよかったと振り返っています。

大学偏差値に受験対策の無意味さ。

大学偏差値に受験対策などはっきり言って意味はない。そんなもの大学に入ってしまえばほとんど役に立たないことは目に見えている。総合的な知識を求める大学の方が限られている。大学とはもっと専門的な学問の場だ。せっかく大学を目指して勉強するのである。その大学に必要な知識を与え、大学に入ってからの大きな助けになるような受験科目が受験対策に意味を与えるのはないだろうか。受験生も、役に立つか怪しい知識よりも目指す大学が必要とする知識、それを目指す受験生が興味を持っていた知識を勉強する方が、学習意欲がわきやすいだろう。そもそも興味があるのだから受験対策以前に独学で知識を蓄えているはずである。それを活用しないこと自体、不合理な話である。

高校進学で入試対策が悩みどころでした

うちの娘が高校進学をする時は、入試対策をどのように進めるかが悩みどころでした。元々勉強が苦手で塾に行かせていたものの、本人のやる気がいまいちなので、なかなか効果が表れませんでした。学校の成績だけはなんとか維持出来ていたので少しでも偏差値の高い学校に行かせたいと考えていましたが、本人の欲がないので、上を目指していく意味がよく分かっていないようでした。どのように説明をしていけばよいのか分からなかったので、私と主人が今までの経験の話をしました。高校を選んだ時の話や高校で勉強したこと、目指した大学の話などです。身近な人間の話を聞いて本人もやる気を出してきました。色々なことが相談出来る家庭教師をつけて本人のやる気を維持することで高校受験をクリアしました。

大学偏差値とセンター試験の密接な関係。

大学偏差値とセンター試験は密接に関係している。そもそも大学偏差値とセンター試験の目的は同じで、偏差値により大学受験の足きりである。センター試験で大学偏差値に到達するのは無理だと、受験前に新説に知らしめるのが目的であることは間違いない。センター試験の点数を入試の評価に入れる大学は、これを導入すれば受験生の質が確保され、安定した人材のみを相手にすればよいので楽ができるのである。センター試験から、本受験までに失点を覆えすという可能性を頭から否定している制度と言える。センター試験は大学入試では決してない、そこで大学受験をあきらめさせるようなことは間違っている。たとえその時点では実力不足でも、その後の巻き返しの可能性はゼロでは無いのだから。

高校進学で小論文対策をしました

娘が高校進学をする時は、小論文試験があったので小論文対策に力を入れました。娘はあまり作文が得意でなかった上、日頃から漢字の間違いをしていたので、小論文には不安がありました。とにかく、構成を考えて書く練習を始めないと添削が出来ないので、身近な話題をテーマにいくつか小論文を書かせてみることにしました。最初は作文との違いがよく分かっていなかったので、とても小論文と言えるものではありませんでした。予想していた漢字の過ちも多々あり、小論文作成というよりも漢字の勉強をさせているようでした。構成の仕方が理解出来ると上手にまとめられるようになってきました。漢字もある程度覚えましたが、最後は自分が自信を持って使える漢字だけを使うようにして小さなミスが避けることにしました。今回練習したお陰で小論文が得意になったようです。

大学偏差値とAO入試はどちらが良いのか。

大学偏差値とAO入試は相反するものとして知られている。だが果たしてその通りなのだろうか。大学偏差値を偏重する大学はテストの点数を重視し、AO試験は受験生の人格などを重視する。確かに全く正反対の基準に見えるが、それらを判定するのは結局は大学である。この大学の体質次第では両者の違いは全くなくなる。たとえテストの点を重視しなくとも、大学側が望む人格は学習意欲が高いなど元々テストで高得点を取るような人格が好まれるのは当然のことである。結局の所、合格する基準が変わっても合格者の傾向はあまり変わらないだろう。AO入試自体がダメだというわけではなく、すばらしい考えだと思う。これは運営する側の問題であり、本来の理念で運営されればAO試験でこれまで埋もれていた才能を掘り出す可能性は十分にあるはずだ。

大学偏差値と大学入試試験科目は変革を。

大学偏差値と大学入試試験科目は変革をすべきである。大学入試試験科目は当然、高校などで学んだ高等教育の学力を測るものなのだが、そのすべてが大学に入ってから必要となるわけではない。大学とは専門的な学問の場なのだから。受験生が自分が目指す大学を決めたのなら、大学の専門分野にあわせた勉強を早くからできるように、勉強する科目を選択できるようにすべきだ。高校の授業を選択式にするというのも有効だが、受験生の間では予備校に通うことがもはや常識となっている今、せっかくだからその予備校で選択式を取り入れ、受ける大学ごとに柔軟な知識を与える場とするのが現実的であると思う。そうすれば、大学で必要とされる専門的な知識を、早い時期から学ばせることができ、質の高い専門家を生み出すことができるということである。

高校進学で慶応の入試対策をしました

息子の高校進学は、慶応の入試対策をしました。息子は小学校の時に中学受験を経験しました。慶応の中等部は自宅からすぐのところにあり、普段から親しみがあったので、第一志望にしていました。ところが、第一志望だけ受かることが出来ませんでした。合格した学校も悪いところではありませんでしたが、本人は納得がいかなかったようで、公立中学に進むことにしました。高校進学で慶応入試をすることは、彼にとってはリベンジでもあります。小学生の時から慶応に入ることを夢見て頑張っていたので、何としてでも叶えてあげたいと思いました。本人の意思は強く、最後まで頑張り抜いたお陰で慶応に合格することが出来ました。

大学偏差値は大学学科を基準とすべき

大学偏差値は大学学科を基準とすべきである。その大学の大学学科に準じた方式で出された偏差値、それを目指せばただの受験勉強でも大学に入った後から役に立つ知識がため込めるからである。大学に入った後も必要となるのだから、貯まった知識を失うことなどあり得ない。受験勉強が無駄にはならない。これだけで、従来の無味乾燥な受験戦争が全く違ったものとなる。自分で大学を選び、その大学の傾向に沿った偏差値を目指して受験勉強で必要な知識をため込み、入学してからその知識を有意義に活用する。これこそが受験というシステムの真の目的をかなえるものではないかと考える。大学に入ってから無駄になるような知識など瞬く間に失ってしまうので意味はない。本当に必要とされ、活用がされる知識こそ勉強する価値があり、有意義なものとなる。

高校進学から京大入試を目指しました

息子が高校進学をする時は、京大入試を目指しました。京大にはいとこや親せきが何人か卒業していたので、息子もいつのまにか影響を受けていたようです。ただ、元々勉強が好きな方ではなかったので、進学する高校は内申の関係で進学校の受験は難しいと言われました。息子はそこで諦めず、息子の偏差値よりも高い偏差値の学校へ行く為の努力を始めました。高校受験で頑張ることが出来なければ、京大入試など無理だと考えていたようです。努力の甲斐があり最初の模試では全く合格圏内にいなかったのですが、少しずつ偏差値が上がったので最後は合格圏内に入ることが出来ました。これには本人も驚いていたようでした。

大学偏差値も大学全入制にて終了。

長かった大学偏差値も大学全入制の進展によっては無用の長物になる。可能性もある。まあしかし、それには大学偏差値のおかげで利益を得ている団体や組織の反発が無くなった場合の話であるが。私自身はそれは歓迎すべき事だと思う。大学という学び場が、それだけ広く開かれることは意義のあることです。そもそも学び場自体が知識を高める場所。入る前に知識が少ないからと門とを閉じること自体がナンセンスなことであると感じてしました。意欲のあるものなら、それまでの積み重ねが少なくとも、学習の場を与えられれば爆発的に伸びることは十分にあり得ると言う可能性に目を向けるべきだと考えます。目的も持たずにただ受験のためだけに知識をため込んだ者よりも、目的と意欲を持った求道者の方が価値があると思っています。

高校進学から東大入試を目標にしました

娘が高校進学をする時は、東大入試を目標にしました。うちの娘が東大を目指すなど夢のようでしたが、本人は以前から東大に進みたいと思っていたようで、その為に勉強に励んできたそうです。東大を目指す為には、東大入試対策がされている学校選びが必要でした。色々考えた結果、毎年東大合格者を多数出している都内女子高をねらうことにしました。かなりの難関校なので、受験対策にはとても力を入れました。塾はもちろん、補講塾にも通いました。とても大変な受験勉強でしたが、本人の夢に対する思いが強かったので、最後まで乗り切ることが出来ました。

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